そういえば、去年は夜行バスでした。
移動がないんだったらバスにしときゃよかったなぁと、準備しながら思ったりしました笑
誰かと一緒だったら交代で運転できるんですが、一人でこの距離はなかなか大変でした。
いつも使ってる道ならまだしも、知らない道だとほんと怖いですね。気は張るし、疲れます。
中央自動車道ー長野自動車道ー上信越自動車道ー関越自動車道ー北関東自動車道ー東北自動車道ー仙台南部道路ー仙台東部道路
というハイレベルな乗り換えルート。一つ間違えたら新潟行っちゃったりするわけですもん。ひやひやです。
夜9時ごろ出発で、現地に到着したのが翌日朝11時。当然途中で寝てますが。
集合まで時間があったので、まずは市内を回ってみました。
まずは日本三景の松島にいってみました。
去年はシーズン外れだったのか、人はまばらだった印象ですが、すごい観光客。びっくりしました。
東松島コミュニティーセンター。なにって、ここは2回ほどパフォーマンスしにきています。今回は目的地になっていませんが、見に来てみました。
一階が津波で大ダメージを受けていた野蒜の駅はコンビニが入っていました。
プラットホーム自体は電車は来ていません、バスで代替運転なのは変わらずです。
当然瓦礫の山だってまだあります。
車で通りすがりだったので、わかりにくいですが、山となっています。
あと、生々しく感じたのが、お墓。
流石に撮影はしませんでしたが、目に入ってきたお墓、ほとんどがピカピカなんですよね。
手入れして新しいのじゃなくって、お墓が新しい感じ・・・
去年の印象は、どうやっても被害の状況ってのが目に入ってきていたんですが、今回見た印象では、かなり復興に向かっているという感じをうけました。
高台移転もまだまだこれからで、仮設住宅もまだ残っています。
でも、いろんなところで、工事が行われて、再生しようとする力を感じました。
最初は、東松島のさつき苑という老人ホームの敬老会。
広くて天井も高くて、環境はとても素敵なホールでした。
傘の芸は最近はほぼ敬老会専用ネタでございます。
夕方から、ボランティアのお風呂として度々利用させてもらっていたという、「ゆぷと」へ
ここは一般利用者さん向け。
何言ってるか、皆さんならわかりますよね?
この日はここでお風呂を頂いて終了。
翌日は、浅井地区の敬老会へ。
終了後に主催した役員の皆さんとお昼をご一緒しました。
オードブルなのに、刺し身のレベルがめちゃめちゃ高い。しかもうまい。
信じられないのですが、これが赤飯。こんな赤いの。でんぶかと思った。
役員のおばさま方が作った、料理もちょっといただいたのですが、昆布の炊いたのがめちゃめちゃうまかった。
あと、トマトの煮たやつ?もうまかったなぁ。
地元の皆さんにとっては、普通の料理なので、食べるなら作ってもらった折の料理を食べて!となってたのですが、こういう普通の料理こそ、こういう関わり方をしないといただけないものでしょうから、役得だなぁと思っていただきました。ごちそうさまでした。
東松島での活動のコーディネートをしていただいたのは、復興支援団体プラスネオの中村さんが中心となって動いてくれていました。
ほんと、こちらがやりやすいように、動きやすいようにコーディネートしてくださいまして、ほんとありがたい限りです。
また、今回は、イラストレーターの森琢磨さんが似顔絵での支援活動として一緒に活動してくださっていました。
こんなイラストも書いていただきました。ありがとうございました!!
お昼を頂いて、2時頃出発して、自宅についたのは午前1時。
流石にバタンキューで寝ちゃいました。
今
回は、3月のモリコロ大道芸フェスティバルのチャリティーライブの収益を活用させていただいて行くことができました。
協力していただいた皆さん、本当にありがとうございました!